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20000729


London



 塩気のきついベーコンサンドをコーヒーで流し込みながら、財布の中身を思い出しつつさっきちらと見かけた幻燈のスライドをもう一度見に行くかどうか迷っていると、まったくもって生きているという気がするな。
 というわけで、今日はロンドン名物、Portobello Roadのマーケットに来ております。道沿いにずらりと並んでる屋台を冷やかすだけでも時間がかかるんだけど、建物の入り口に入ると、その中がまたアーケードになっていて、これを全部チェックしていくといくらでも時間が経つ。そしてぼくの目当ては、ステレオカードだの昔のOptical Toyだの半端なものが多くて、表にデンと置いてあるわけではないから、どうしてもすみに眼をやる必要がある。
 買うかどうかは何で決まるか。もちろん品物の質もあるけれど、なんといっても店主と会話を楽しめるか、つまり、「この店主になら金を放ってもいい」と思えるかどうかが大きい。こちらの品定めを見ながら「こんなのもあるけど?」って感じで後ろの棚からひっぱりだしてくれる、それがいちいちこっちの欲をがっちり呼び覚ましてくれたりすると、たとえその品を買いはしなくても、ええもん見せてもらいました料に別の小物のひとつも買おうというもんだ。

 というわけで、アーケード奥にタバコ屋サイズの誰も立ち止まらない店があるのだが、その店主のおばあちゃんの後ろにあるホームズタイプのヴュワーを見て、「あのヴュワーで見るカードって売ってる?」と尋ねてみる。すると、ほらほら、でかい木箱が一つ。そしてさらに尋ねるとまた一つ。さすがはステレオ発祥の地グレートブリテン。次々と繰り出される二束三文のおもちゃのようなステレオヴュワーやらプライベートステレオ写真やら。すべてがおばあちゃんの座って手の届く場所にあり、まるで記憶を取り出すように物が取り出される。こちらのことばもその記憶を取り出すのにあずかる。会話がものを取り出す。どこか、聞き取り調査に似ている。
 サボテンを配した白黒写真を選ぶと、「それ、私好きなのよ、ヴュワーで見るとすごくきれいでね」と言う。普通の売り手は面倒を疎むのでいちいちヴュワーで見たりはしない。これらの品々は、単なる売り物ではない。何度か取り出されては、彼女の楽しみになっているに違いない。

 古い科学玩具を扱っている店もいくつかある。どれも好みの品揃えだ。中の一軒の棚のすみに手動式のスライドがある。白円と黒円の二つで皆既日食と部分日食の様子を描いたもので、悪くないがちょっと高い。試しに「クロマトロープは?」と聞くと、あると言う。奥から出てきた木板にはまったガラス板の愛らしい小ささ。まさに花輪。今にも切れそうなよれよれの糸が渡してあるが、ちゃんと動く。手にとらせてもらう。自分で動かしたのは初めてで、その瞬間にはもう買う気になっていた。

 その他、簡単な二枚絵の幻燈種板、ロンドン幻燈協会の10周年記念誌、ヴューマスターのリールを山ほど、などなど。

 記念誌にはクロマトロープに似た「シリンダストロープ」の資料が載っている。円盤状のガラス面をひっかくニードルが付いていて、回すと花びら状の模様が描ける。いわば19世紀版のデザイン定規だ。ガラスのサイズが同じだから、はずしてクロマトロープに使うこともできる。

 結局、ロンドンの中心部に行くのはやめにして、このあたりで時間を費やすことにする。音盤屋で、プロモ用のいいかげんなジャケのCDを20枚ほど。1枚1ポンド。
 古本屋に入ったらジョイ・ディヴィジョンが大音量でかかっていた。一曲終わるたびに店の奴らが求めるような拍手をしている。「デジタル」を聞きおわった後で親指を挙げて店を出る。

 帰って、ショーン、リツコさん、ゆうこさんと近くのイタリア料理店で飯。

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Beach diary